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音泉温楽│”宴仕舞い“への2026年。
―2008年夏、掛川の野外フェス会場
持ち場の裏に行ってひたすらタオルを干していると、丘の向こうのメインステージから活動を再開したマイラバのHello, Againが流れてきて、「おいマジかよ」と思っていた。
私は、音楽についてまったく詳しくなく、流行っている曲を聴いているだけであった。音楽の良し悪しはわからない。カラオケで歌う為にCDを買う、実際そのくらいの興味である。この時までクラブはおろかライブもコンサートも、音楽フェスなどにも行ったことがなかった。
この雨上がりの泥だらけのフェス会場にいるのも当然プライベートではなく、仕事、いや微妙なところではあるが、旅館組合の企画で、渋温泉から温泉を運んでフェス会場で足湯を開催している。
1日27000人で3日間。足湯から上がる時に使われたタオルを裏でひたすら干す。幸い日差しも風もあるのですぐ乾き、それをまた足湯脇にもっていくのだ。
ほぼ寝る暇もない状況で3日間。ようやくすべての日程が終了した。
足湯の撤収もだいたいとなり、帰りのトラックを待っていると、隣のマッサージブースの女性たちから声をかけられた。3日間も隣同士であったが、山のような参加者の対応に追われ、ちゃんと会話をするのはフェスが終わっての今がはじめてであった。
マッサージブースのチーフの女性がこう切り出す、
「温泉地でイベントをやりたいといっている音楽レーベルがあるんです」
この瞬間、音楽とは疎遠だった私がまったくもって妙な世界線に迷い込んだのである。
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この文章が出るころには、音泉温楽の今後の予定も発表され、2028年の20年目をもって湯をあがる(完了する)ということも発表されていると思います。
20年ですのでね、生まれた子が酒を飲むようになります。よくやったものです。
「どうして金具屋のような旅館がこういうことをしているのか」とよく言われます。
まずもって前段の回想の通り、私が自発的にやりたいと思ったことではないのです笑。声がかかって、よくわからないけどまあ面白そうだからやってみるか、そんな感じでした。
ただ温泉街で音楽イベントなんてのは、とにかくまあ大変なんです。
音楽、音というものは、空気や地面を伝わって遠くまで届きます。密集した渋温泉の近隣はもちろん、川を挟んだ丘の上まで音は届く。そして音楽好きには盲点なのが、[音楽は、多くの人にとって不快なものとなりうる]という事実。
初期の音泉温楽で、キャパ増のため会場を変えたところ音やゴミやらで大変な苦情となったことがあります。終了後はとても次を口に出す状況ではなく、もう続けるのは無理だろうと。
ところがイベントPは、各所に頭を下げてまわって、1年かけて負債をクリアにして、さらにどうしてもまた開催させてほしいと言ってきた。
なんでそこまでしてと思いましたが、まさに熱意というものでしょうか。
そこでほだされてしまったと言えるかもしれません。
以降は金具屋でのイベントとして、私は会場主として口を出しながらやり続けてきました。近隣の方には毎回ガマンをして頂いて、暖かいご理解ご協力をいただいており、本当にありがたいです。
田舎でなにかやるというのは地元の人の理解がすべて。もし最初に地元との人たちとの交流の場を設けていたら、もっとうまくやれたかなと今になっては思います。それでも10年を過ぎたころですかね、だいぶ地域の人たちに理解をしていただけるようになったかなと。10年、10年ですね。
その後も毎回ヒヤヒヤしながら、いろいろあって17年。大震災もあったしコロナもあった。理解してもらったと思っても人の感情も刻刻変わっていくわけで。慢心はできません。とにかくあと3年完遂するのが目標となりました。がんばりましょう。
しかしそんな思いをしてまで(儲けはないし)、どうして会場を引き受けているのか。
それはもう、人なんです。
面白いことをやってくれる人がいて、それを面白がってくれる人がいて。毎年同窓会のように知った面々が集まって。たまたま興味をもったはじめての人も集まって。さらには客席で面白がってた子供たちが成長してりっぱな大人になったり、アーティストになったりして。
あくまで『場所』である金具屋の中で、そういうものを見ることができる、関わることができる、それが毎年毎年、私が重い腰をあげながらも続けてきた理由なのではないかなと思います。
でも実は、旅館というものこそ、そういう場所なんです
どうして金具屋のような旅館がこういうことをしているのか。
―それは旅館だから、ということなのでしょう。
20年。参加者のみなさんと同じように、我々もライフステージが変わっていきます。若旦那であったPも私ももういよいよ宿の主となるとか。
音泉温楽は本当に良い場所になりました。
自分の宿も同じようにいつもいつまでも居たいと思える場所でありつづけたいですね。
残り3回の音泉温楽もどうぞお楽しみに!みなさまどうぞよろしくお願いいたします!
歴史の宿 金具屋 9代目/西山和樹
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2009年に産声をあげた「音泉温楽」は、20回目となる2028年12月の開催をもって「散会」(イベント終了)することが決定しました。
誤解のないようお伝えしたいのは、イベントの採算性などマイナスな要因での終了では全くなく、イベント開始当初より20回を目指し開催を継続してきたことや、冬の渋温泉を取り巻く環境がインバウンドの活況により大きく変わったこともあり、本イベントが渋温泉にて果たすべき役割を終えつつあると判断したからにほかなりません。
2009年、東日本大震災やコロナ禍もまだなく、今ほど戦争もない、振り返ってみれば太平の平成の世。温泉は文化をも創造する、と唱えたサワサキヨシヒロさんとの邂逅が僕の時間を変えていきました。
日本が誇る土着の温泉文化を世界に発信していこう、サワサキさんと温泉とアンビエントをテーマにしたオーディオビジュアル作品の制作を共にし、そのリリースイベントとしての性格をもって生まれたのが音泉温楽でした。
温泉復古の大号令を掲げて旗揚げした至高の冬フェスとして、開始当時は温泉で音楽フェス?千と千尋の神隠しの油屋のモデルになったと言われる旅館が会場?今のように行政や企業が仕掛ける音楽フェスが乱立する時代ではなく、個人がその思いだけで立ち上げるDIYフェスが多くあった時代、そのユニークさに驚くほど多くの方に関心を寄せていただき、ひとつの「かたち」が生まれていきました。
その過程のなかで、無鉄砲に身の丈に合わない挑戦をして渋の街にご迷惑をおかけしてしまい、再起できそうにない状況になったこともありましたが、有り難いことに金具屋九代目や今でもイベントを支えてくれている仲間たちに助けられ、気づけば本年で17周年、18回目の開催にまでたどり着いていたのです。
音泉温楽は僕の人生をも変えました。イベントを通じたご縁から、今では九州・別府温泉の温泉旅館の主となり、金具屋九代目とまさかの同業者となるなど思いもよらぬことが実際に起こったのですから。
自分の血肉となっている音楽カルチャーへの恩返しのつもりで、小さいながらもフェスを続けていける喜びと難しさを抱えながら、これまで沢山のアーティストやお客様を金具屋さんにお迎えしてきました。それは僕の生き方だし、誰かにバトンを渡せるものでもなく、少しさみしいけどひとつの時代と役割を終えよう、そう決心して昨年の開催後の打上げの場で金具屋九代目と話し、20回目となる2028年12月の開催をもって「散会」することを確認しました。
大変名残惜しいですが、本年開催を含め残り3回、ご参加のみなさまの記憶に残るような、最高の温泉音楽フェスにすべく努めて参ります、これまでにご参加いただいた方々や、一度参加してみたかったとお思いの方まで、ぜひ本年の開催にお集まりいただけますと幸いです。一緒に音泉温楽の宴仕舞いを盛大にお祝いしましょう。今年も金具屋でお待ちしております。こ゚縁がありましたら、ぜひ!
音泉温楽主宰 / 湯会株式会社代表取締役 鶴田宏和